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大阪地方裁判所 平成5年(モ)52690号 決定 1994年10月17日

債権者

乙谷丙夫

債権者代理人弁護士

戸谷茂樹

脇山拓

岡本栄市

債務者

学校法人東洋学園

右代表者理事

小寺正成

債務者代理人弁護士

横清貴

主文

一  債権者と債務者間の大阪地方裁判所平成四年ヨ第三二四三号地位保全等仮処分命令申立事件につき、同裁判所が平成五年七月二一日になした仮処分決定は、これを認可する。

二  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第一申立て

一  債権者

主文同旨

二  債務者

1  主文掲記の仮処分決定(以下「本件仮処分決定」という。)を取り消す。

2  債権者の本件仮処分命令申立てを却下する。

3  申立費用は債権者の負担とする。

第二事案の概要

本件は、債務者が設置する高等専修学校の教員であった債権者が、債務者から、生徒に対する暴行及びその事後処理の不手際、始末書提出命令に対する業務命令違反、債務者並びに理事長に対する誹謗文書配付による信用毀損行為等を理由に、教員としての適正に欠けるとして普通解雇されたことに対し、右解雇は無効であるとして、地位保全等の仮処分を求め認容された本件仮処分決定に対する異議申立事件である。

一  争いのない事実

1  当事者

(1) 債務者は、昭和三〇年四月、教育基本法及び学校教育法に従い専修学校を設置することを目的として設立された学校法人であり、現在近畿情報高等専修学校(以下「債務者学校」という。)を含む五つの学校を設置している。

債務者学校は、昭和五九年に近畿情報処理専門学校として設立、開校され、昭和六〇年に学校教育法四五条の二の規定による技能教育のための施設として指定された高等専修学校で、債務者の理事小寺正成が同校の校長を務めている(なお、債務者内においては、同理事が理事長と称されている。)。

債務者学校は、普通高校の教科目に加えてコンピューター関連科目及び商業科目を履修する三年間の高等課程が置かれ、各学年約一〇クラス、生徒数約一三二〇名、教員数約五〇名を擁している。

(2) 債権者は、昭和五〇年に大学を卒業後、大阪府下の小、中学校で短期間の講師として勤めるなどしていたが、昭和五九年四月、債務者学校の開設と同時に同校に採用され、以後、主としてコンピューター科の教員として勤務してきた。

なお、債権者は、現在独身で一人暮らしをしており、また、大阪私学教職員組合近畿情報高等専修学校分会(以下「組合分会」という。)に所属する組合員である。

2  解雇

債務者は、平成四年八月一〇日(以下、年の表示がないときはすべて平成四年の出来事である。)付けの文書により、債権者に対し、同月二〇日をもって債権者を解雇する旨の意思表示(以下「本件解雇」という。)をしたが、その理由については、債権者の生徒に対する暴行、その事後処理の不手際、始末書提出命令に対する業務命令違反、学園並びに理事長に対する誹謗文書配付による学園の信用毀損行為等が債務者の就業規則三一条二号、三号に該当する旨述べた。

なお、就業規則三一条には、「次の各号に該当するときは、解雇することがある。」として、「能率または勤務状態が著しく不良で就業に適さないと認めたとき。」(二号)、「その他業務上の都合によりやむをえない事由があるとき。」(三号)と規定されている。

3  賃金

債権者の七月及び八月の給与の総支給額は、各四二万〇九二六円であり、そのうち交通費は月額二万四一五〇円である。

二  主要な争点

債務者が解雇事由として掲げる具体的事実の経緯及びその状況、右事実が本件解雇の正当事由として認められるか、本件解雇は解雇権の濫用にあたるか。

第三当裁判所の判断

一  本件解雇に至る経緯

疎明資料(<証拠略>)及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。

1  債権者が担任するクラスの生徒である甲中乙夫(以下「甲中」という。)は、以前体育の授業中、教師から暴行を受けたことから、次第に体育の授業を欠席するようになり、一月当時には、あと数時間欠席すれば時数不足により二年生に進級できない状況に至っていた。

また、甲中は、それまでに体育の授業の無断欠席、喫煙を理由にすでに二回の停学処分を受けていたので、これ以上停学処分になると退学になるおそれがあった。

そこで、債権者は、甲中に対し、これ以上体育の授業を欠席しないように注意をしていたが、一月二四日(第一、二時限に体育のある金曜日)、甲中が朝から登校しなかったので、同人の家に電話をし、その母親に甲中が登校していない旨知らせるとともに、家の近所や公園などに同人を探しに行ったりしたが、甲中を見つけることはできず、結局甲中はその日は欠席した。

2  債権者は、翌二五日の朝のホームルームの時間に、登校してきた甲中を教壇に呼び出し、前日の欠席について問いただしたが、同人は何も答えず不貞腐れており、債権者を睨み付けたため、その態度に腹を立て、甲中の顔面を平手で五、六回殴打し、太股や臀部を膝蹴りするなどした。これに対し、甲中も反撃し、手拳で債権者の顔面を一回殴打した。

なお、いずれの暴行によっても、甲中も債権者も負傷することはなかった。

3  債権者は、同日、甲中の母親を学校に呼び出し、西村学年主任、国分生徒指導部長と同席の上約一時間にわたり懇談し、甲中に欠席について注意した際反抗的な態度を示したので殴ったところ殴り返してきたなどと甲中の債権者に対する暴行について事情を説明し、これに対する処分は翌週決まる旨伝えたが、それを聞いた母親は「うちの子が悪いんです。学校の処分に従います。辞めさせます。」などと発言した。

4  債権者は、一月二七日に開催された一年生担当の教員等で構成される学年会及び同日夕方開催された懲戒委員会において、3記載のように甲中が暴行に至った経緯を説明し、あわせて甲中の母親の意向なども報告したところ、学年会においては甲中の退学もやむを得ないという結論に達し、これを受けて懲戒委員会においては、甲中に対し、同月三〇日に進路変更と称する自主退学の勧告を行うことが決定された。

なお、母親との懇談に同席した西村学年主任や国分生徒指導部長も両会議に出席したが、債権者の事情説明にことさら異議を述べなかった。

5  債権者は、翌二八日、甲中の母親を学校に呼び出し、西村学年主任や国分生徒指導部長らの同席の上、学校の処分内容を説明し、処分言渡し手続きは三〇日に行われる旨伝えたところ、母親は、意見を留保したまま帰宅したが、帰宅後、娘から、甲中が反撃する前に債権者から多数回にわたる暴行を受けていたことを知らされた。

6  債権者及び債務者学校は、一月二九日、甲中の母親から、甲中の殴られた回数について話が違う、生徒は退学になるのに殴った先生が処分を受けないのは納得が行かない、何も好き好んで退学させると言ったわけではない、甲中は以前他の教員から殴られて歯を折られたのに弁償もされていないなどと激しい調子の抗議の電話を受けた。そこで、同日、債権者らが母親に謝罪に赴いたが、母親の怒りはおさまらず、校長及び暴行をした教員の謝罪を要求した。

そのため、債務者学校の校長は、一月三〇日、債権者及び以前甲中に暴行を加え歯を折った教員らを同行して甲中の家に赴き、母親に対し謝罪した上、今回の処分を撤回するとともに、歯の治療費も債務者において弁償する旨約した。

7  債権者は、一月三〇日、債務者から、甲中に対する暴力行為及び甲中の体育の時数不足に対する監督不十分を理由に始末書の提出を求められ、二月八日付けで右始末書を提出した。

8  債権者は、四月以降クラス担任からはずれたが、同月二二日付けで、債務者から、前記生徒に対する暴行及びその事後処理の不手際を理由に、四月二四日から五月八日まで一五日間の出勤停止処分を受けた(その間の給与不支給額は一五万五五一〇円となった。)。

債権者は、右処分に従ったものの、すでに始末書を提出しているにもかかわらず、過去に例のない重い処分を受けることに納得ができず、同月三〇日、債務者に対し質問状を提出した。

また、債権者は、その後、債権者代理人の戸谷弁護士に相談し、債務者に対し、六月五日付けで、右処分は同一事由に対する二重の処分であり、他の処分に比して重きに過ぎるから無効であるとして、右処分による給与不支給額の返還を求める旨の書面を送付してもらった。

9  債権者は、五月一九日、一年生の定期考査の試験監督をした際、受験者数と答案数の確認を十分行わなかったため、一生徒が答案提出を忘れたのにこれに気づかないまま回収してしまい、後刻答案を持ち帰った生徒からの電話で右事実が発覚した。答案はその後回収できたが、当該生徒については結局再試験ということになった。

債務者は、五月二五日、債権者に対し、この件について始末書を提出するよう求めたが、債権者は、出勤停止処分の直後でもあり、始末書を提出すればそれを理由に解雇されるのではないかと考え、同月二九日、債務者に対し、「考査期間中の答案を提出するか否かは、原則的に、本人の意志、責任の範囲内の事であります。」と記載した文書を提出して始末書の提出を拒否した。

その後、六月五日ころ、債権者は、債務者から退職届けを書くように言われたがこれを拒否した。

10  債権者は、そのころには、債務者から解雇されるおそれを感じていたので、八月六日付けで組合分会の教員に対し支援を訴える文書を送付したが、その文中には「皆様もご存じのとおり、当校の生徒の評判は決してよくありません。むしろ率直に言って悪いというべきでしょう。それだけに教員の苦労も特別のものがあることは、互いに認め合うことができるでしょう。このような条件の下にあり、また決して良質とはいえない経営者のもとにあって、教職員は人に言えないような苦労を重ねてきたのでないでしょうか。そのような中にあって教員の些細なミスをとらえて始末書提出を連発することが果して正常な学校のやり方なのでしょうか。私にはどうしても納得がいきません。」などという表現が存在する。

二  解雇事由の存否

債務者は、以下の各事実を解雇事由として掲げたが、その背景には、簡単に矯正することができない持続性を有する債権者の特殊な性向があり、これが教師としての職務の円滑な遂行の妨げになっているとして、就業規則三一条二号、三号に該当すると主張するので、以下検討する。

1  生徒に対する暴行及びその事後処理の不手際について

(1) 債権者の甲中に対する暴行は、前記一の2のとおりかなり執拗なものであり、この点債権者は強く非難されなければならない。

ところで、疎明資料(<証拠略>)及び審尋の全趣旨によれば、債務者学校においてしばしば教員による生徒に対する体罰が行われており、生徒が怪我をした事例も少なからず存在し(現に甲中自身も他の教員の暴行により歯を折られている。)、かつ、債務者学校の校長もこれらの教員による暴行の事実を了知していることが認められるが、本件全資料によるも、従前、体罰によって債務者から始末書提出以外の就業規則に定める処分を受けた教員の例は認められない。

(なお、債務者は、金森裕之及び長谷川常久を、体罰や教員としての適格性を欠いていたことから、自主退職や解雇にしたと主張するが、長谷川の解雇は、後に和解により自主退職になっており、自主退職の事実をもって債務者の処分を受けたということはできないし、債務者の主張及び本件全資料によるも、これらの者の体罰の回数、動機、内容、程度、その事後処理の状況及び体罰以外の教員としての不適格性の内容等は明らかにされておらず、結局、これらの者の自主退職の主な理由が体罰によるものとは認められない。)

これに対して、本件においては、債権者は、すでに始末書提出及び出勤停止の各処分を受けており、幸い甲中に怪我はなく、また、疎明資料によれば、本件の暴力行使は突発的なものであり、債権者もその後反省していることが認められることに鑑みれば、過去の事例に照らし、相応以上の処分がなされており、さらにこれを解雇処分の一事由とすることは著しく均衡を失すると言わざるをえない。

(2) 債務者は、事後処理の不手際として、債権者が懲戒委員会等において母親が退学の意向を有している旨報告したことをとらえて虚偽の報告をして事態を混乱させたと主張する。

しかし、前記一の3のとおり、一月二五日の懇談時には、母親は甲中の退学を容認する旨の発言をしており、母親との懇談に同席した西村学年主任や国分生徒指導部長もこの発言を聞いていたからこそ会議における債権者の発言に異議を差し挟まなかったものと推認でき、右報告をもって虚偽報告ということはできない。

前記一の1ないし5の経緯によれば、債権者の事後処理には、自らの暴行により生徒の暴行を誘発しておきながら、その責任を自覚しないまま、生徒の暴行の事実をことさら強調し、甲中を擁護することなく、逆に退学させる方向に事態を発展させ、債務者を結果的に混乱に陥れた面があり、確かに、当該生徒の担任教員として適切な態度とはいいがたく、大いに疑問の残るところであるが、債権者は、この点についてはすでに出勤停止処分を受けており、また、債務者が混乱に陥ったことについては、債務者自身が十分な事実調査をした上で、慎重な検討を加えて生徒の処遇を決定すべきところ、やや慎重さを欠いた点のあることも否定できず、そのすべての責任を債権者に帰せしめるのは相当でない。

2  答案の回収漏れと始末書不提出について

答案の回収漏れについては、前記一の9のとおり、債権者が受験者数と答案数の確認を十分行わなかったという極めて僅かな注意を怠ったことにその原因がある。答案の提出をしなかったこと自体は生徒の責任であるとはいえ、債権者が通常の注意をはらっていれば回収漏れを回避できたにもかかわらず、これを怠った結果、当該生徒に対して再試験を行うことを余儀なくされたのであるから、債権者の責任は決して少なくないというべきである。

しかしながら、かかる種類のミスは誰でも犯す可能性のあるミスであり、これをもって直ちに債権者の教師としての適格性を否定することは出来ない。

また、債権者は、甲中事件において、解決済みと考えていた事由につき、事件から三か月近くも経ってから出勤停止という重い処分をされ、自分だけが何故重い処分を科されるのか疑問を抱いていたところ、いわゆるケアレスミスに属する事由につきさらに始末書を要求されたため、自らの教員としての地位に危険を感じてこれを拒否したとしてもその心情はそれなりに理解できるところであって、始末書の不提出のみを理由に不利益な取扱をするのは相当でない。

したがって、答案の回収漏れと始末書不提出という事実から直ちに債権者の教員としての適性を疑わせるものとは認めがたい。

3  誹謗文書配付による債務者に対する信用毀損行為について

債務者のいう誹謗文書の内容については前記一の10のとおりであるが、その表現において度を超したものとは認められない上、右文書は解雇の危険を感じた債権者が支援を求める目的で、組合分会の構成員である債権(ママ)者学校の教員に対し郵送したものであるから、その目的、内容において債務者を誹謗するものではないし、結果として債務者の信用が毀損されてもいない。

したがって、右文書の配付が債権者の教員としての適性に何ら影響を及ぼすものではない。

4  交通費の不正取得について

疎明資料(<証拠略>)によれば、債権者は、昭和六二年一〇月に京都府木津町から大阪市福島区に転居したにもかかわらず、債務者学校に住所移転の届出をせず、債務者学校からの数度の問い合わせに対しても転居していない旨回答して、転居の事実を秘し続け、以後一年近くにわたり交通費の差額を取得していたが、やがて露見し、昭和六三年九月一四日に債務者に対し一三万一四一〇円を返還したことが認められる。

転居の事実を秘したのが、たとえ債権者の言うとおり離婚の事実を知られたくなかったことにあったとしても、学校からの問い合わせに対しても虚偽の回答をし、結果として長期間にわたって交通費の差額を不正所得していたことは悪質というほかなく、右の事実は、教員としての適格性を判断するに際して一要素となりうるものではあるが、解雇時から四年以上も前の事実であって、右のとおり金員を返還して一応解決済みであることを考慮すれば、この事のみに重きを置くのは相当でない。

5  まとめ

以上個別に検討したところに審尋の全趣旨を総合して解雇事由の存否について判断する。

債務者が債権者の教師としての不適格の理由として掲げたもののうち、<1>生徒に対する暴行、<2>甲中の暴行をことさら強調し、事態を混乱させたこと、<3>答案回収漏れ、<4>交通費の不正取得については一応考慮に値する。

しかし、すでに検討したように、<1>については常習的なものではなく突発的なものであり、生徒に怪我もなかったこと、<2>については<1>と合わせて債務者内では過去の事例に照らし相応以上ともいえる処分がなされていること、<3>については基本的なミスではあるがケアレスミスであり、それが教師としての適格性に直接的に結びつくとまではいえないこと、<4>についてはこの中では最も教師としての適格性の判断に影響があるものと考えるが、古い事件であり、すでに解決済みのものであるから、これを重要視することは相当でない。

また、債務者は、これ以外にも、債権者の教師としての不適格性を示すとされる事柄を種々主張するが、主張自体が抽象的なものもあり、具体的事実についてもこれを疎明するに足りる十分な資料は存在しない(債務者は債権者の一部の同僚の陳述書を幾つも提出するが、いずれも個人攻撃の感があって具体的事実を疎明するものとは認めがたい。)。

以上のとおり、債権者にはいくつかの失敗や欠点が認められるものの、これらが債務者の主張するような矯正することのできない持続性を有する特殊な性向に基づくものとまでは認められず、したがって、右事実をもってしてもなお教員としての適格性を否定される程度にまでは至っていないと言うべきである。すなわち、債権者が「能率または勤務状態が著しく不良で就業に適さない」とまで認めるには足りず、かつ、「その他業務上の都合によりやむをえない事由がある」と認めるにも十分ではない。

そうすると、本件解雇は解雇の正当事由を欠き、解雇権の濫用にあたる無効なものといわざるを得ない。

(なお、債権者は、本件解雇は組合分会の弱体化を企図してなされたものと主張するけれども、本件全疎明資料によるも、債務者学校において労使の対立が深刻な状態にあったとは認められず、また、債権者が労働組合活動に熱心であったとも認められないことなどに照らせば、本件解雇が組合分会の弱体化を企図してなされたとまでは認めるには足りない。)

三  保全の必要性

審尋の全趣旨によれば、地位保全及び金員の仮払い(債権者が債務者から受給していた給与のうち交通費を控除した月額三九万六七七六円につき、本案の第一審判決言渡しまで)について、その必要性も一応認めることができる。

四  結論

以上の次第で、債権者の本件仮処分の申立ては本件仮処分決定の限度で理由があるから、本件仮処分決定を認可することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 井筒宏成 裁判官 関美都子 裁判官 村岡寛)

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